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Posted by 滋賀咲くブログ at

2008年07月15日

不思議の国ロシア。~ナポレオンは「冬将軍」に負けたのか。~

ロシアの「宗教絵画」といえば、イコンが有名です。
イコン:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%B3

イコン自体は後日行ったモスクワの「トレチャコフ美術館」が有名ですが、もちろんエルミタージュにも宗教絵画は収められています。

イコンそのものではなくてもなんだか平面的なのに、妙にこちらを真っ直ぐ見据える宗教画はロシアに特徴的な気がします。偏見かもしれませんがkao08





時代が進んでいくと、徐々に西欧に近くなってくる印象がありますが、ロシアでは「ルネサンス」がなかったため、長らく「人間」そのものを描くことは許されなかったらしいです。

そのため、画家達は「宗教画」の題材を取り上げながらじつは「人間」そのものを描いていたそうな。






さて、宗教画のゾーンも通り過ぎ、軍人さんたちの絵がいっぱい飾ってある部屋に出ました。
(後で、知ったのですがここは「1812年祖国戦争の画廊」と言う部屋でした。)

で、ここのどんつきに大きな肖像画が一枚あり、この絵、一瞬見たときに私は「あれっ??」と思いました。



帽子の形や白馬に乗っている様子がフランスの英雄「ナポレオン」を思わせたんですね。

でも、この将校はかのナポレオンと戦ったロシア人将校の一人だったんです。この「軍人さんたちの絵がいっぱい飾ってある」部屋はまるまるナポレオンとの戦争に参加した将校さんたちの肖像画だらけだったのです。

goowikipediaより。
http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%A5%CA%A5%DD%A5%EC%A5%AA%A5%F3%A1%A6%A5%DC%A5%CA%A5%D1%A5%EB%A5%C8/detail.html?from=websearch

「フランスは、同盟諸国から徴兵した60万という大軍でロシアに侵入したが、兵站を軽視したナポレオン軍は、ロシア軍の広大な国土を活用し徹底した焦土戦術によって苦しめられ、飢えと寒さで次々と脱落し、モスクワをも大火で焦土とされたことで、ナポレオン軍はとても留まっておられずに総退却となった。

 冬将軍もロシアに最大限に味方して、数十万のフランス兵がロシアの大地に散った。無事に帰還してこられたものはわずか5千であったという。それに加え、パリではクーデター未遂が起こされる始末であった(首謀者マレー将軍は後に銃殺)。ナポレオンはクーデターの報を聞き、撤退する軍よりも早く帰国する。この途上でナポレオンは、大陸軍の惨状を嘆き、百年前の大北方戦争を思い巡らせ、『余はスウェーデン王カール12世の様にはなりたくない』と洩らしたという。」

この写真の人物ではないですが、ナポレオンに黒星をつけた数少ない軍人「クトゥーズフ」。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%82%BE%E3%83%95
賛否両論のようですね・・・。

にしても、ナポレオンの圧倒的な知名度にくらべ、彼と激闘をかわしたはずのロシア人将校扱いがあまりにも小さくないか??
そりゃ、ロシアの尋常ならざる寒さという「自然現象」にもやられたんだろうけど、一方で彼と戦った「人間」もいるわけで・・・

基本的に「歴史」って公平じゃないよねぇ・・・w  
タグ :ロシア


Posted by キミドリ at 18:43Comments(0)