はじめての宗教論 左巻 -序章-

キミドリ

2011年10月05日 07:00

 難しくてわかんないところは読み飛ばしているけどっ。
 気にしないっ。
 気を取り直してレッツ・ゴー左巻ヽ(゚∀゚)ノ!

=========================


<目次>

序章  キリスト教神学は役に立つ―危機の時代を見通す知
第1章 近代とともにキリスト教はどう変わったのか?
第2章 宗教はなぜナショナリズムと結びつくのか?
第3章 キリスト教神学入門①知の全体像をつかむために
第4章 キリスト教神学入門②近代の内在的論理を読み解く
第5章 宗教は「戦争の世紀」にどう対峙したのか?
第6章 神は悪に責任があるのか?危機時代の倫理
================================

序章  キリスト教神学は役に立つ―危機の時代を見通す知
<目次>
古プロテスタンティズムと近代プロテスタンティズム
「自由主義神学」登場の背景
シュライエルマッハーの功績と限界
宗教による宗教批判
左巻のあらまし




序章 キリスト教神学は役に立つ―危機の時代を見通す知
 左巻の主題は「宗教はなぜナショナリズムと結びつくか」「人間は近代、ひいては宗教を超克できるのか」。
 キーパーソンは「近代プロテスタント神学の父、自由主義神学の父」フリードリッヒ・シュライエルマッハーである。

古プロテスタンティズムと近代プロテスタンティズム
 プロテスタンティズムは二期に分かれ、それぞれ古プロテスタンティズムと近代プロテスタンティズムとよばれる。
 前者は16-18世紀で啓蒙主義が起こるまでの時代であった。後述するようにプロテスタンティズムは、近代のより前の世界像に合致するような世界観の原始キリスト教へ戻れという復古主義運動だった。
 18世紀以降を近代プロテスタンティズムとよぶがその差はひとことでいうと、後述するが「神の場」が転換していることにある。つまり、天上にあった神の場が人々の内面に降りてきた。言い換えるなら近代以前の世界観から啓蒙主義への転換である。
 18世紀に流行した啓蒙主義が政治に反映して、歴史の画期となったのがフランス革命であり、啓蒙主義の限界が露呈したのは第一次世界大戦であった。これを「長い19世紀」と呼ぶ学者もいる。
 そんな長い19世紀の始まりの時点で、シュライエルマッハーやカントや、ヘーゲルやシェリングは啓蒙主義の限界を感じ、それぞれのやり方で克服した、もしくは克服を試みた。

「自由主義神学」登場の背景
 テキストクリティークを一例に取ると、プロテスタントは登場当初、逐語霊感説や十全霊感説が主流であり、無茶苦茶な聖書理解を行っていた。
 このような古プロテスタンティズムの行き過ぎをひっくり返す必要が生じ、近代プロテスタンティズムとともに自由主義神学が出てくる。
 プロテスタンティズムはそもそもが復古維新運動から発生し、反知性的であったが18世紀に登場した啓蒙主義を乗り切って、啓蒙主義と併存することに成功した。その決定的な役割を果たしたのがシュライエルマッハーであった。

シュライエルマッハーの功績と限界
 では、シュライエルマッハーはどのようにプロテスタンティズムと啓蒙主義を併存させたのか。
 そもそも人間にとってキリスト教の神は「見えない世界」にいる。近代以前は神が天上に存在することに誰も疑念を持たなかった。
しかし、コペルニクス以降、地動説が主流になり、マゼランにより地球が球体であることが証明されると、「天上の神」を思い浮かべることが出来なくなってしまった。
 この問題を「宗教の本質は直観と感情である」「宗教の本質は絶対依存の感情である」と定義し、シュライエルマッハーは神は天上ではなく、各人の心の中にいることにした。神を「見えない世界」にうまく隠し、神の居場所問題を解決した。
 しかし、ここから、人間の心理作用と神を混同してしまう新たな問題が派生した。そしてまた、絶対者を心のなかに置くと、その位置にネイション(民族)が忍び込んでくる。ここに国家・民族という大義が生命より大事であるという観念が生まれ、その延長に第一次世界大戦が勃発し、啓蒙主義の限界が露呈した。
 ここに第一次世界に面して、自由主義神学も崩壊した。各国の自由主義神学者はおおむねが自国の戦争政策を支持し、大量破壊と殺戮を前に、神学は無力さを露呈した。

宗教による宗教批判
 その結果、カール・バルトたちのいわゆる弁証法神学(危機の神学)が生まれた。
バルトは宗教そのものも人間自らの願望を投影した偶像崇拝であるという認識が登場し、神の圧倒的な啓示の力によって宗教批判を徹底していくのが神学の課題とされた。
 一方バルトとならぶ弁証法神学者のフリードリッヒ・ゴールガルデンは神の超越性よりも、人間の「決断」を重視するようになった。
 彼は危機の時代にはドイツ民族としての大胆な決断が必要と考え、カリスマを持つアドルフ・ヒトラーに賭けることとなった。

左巻のあらまし
(略)


関連記事