私が医師をやめた理由。 その7

2008年04月29日



究極の問いかけです。
「もし、あなたが『視覚』か『聴覚』を失うとしたら、どちらを選びますか??」。
大概の人は「視覚」と答えるでしょう。
でも、実際では「聴覚のほうが失いたくない」らしいです。

なぜか??

それは耳が聞こえないと人とのコミュニケーションがとりづらくなるから。
らしいです。
むかし、耳鼻科の講義で聞いた話です。


精神科に働いている時に「リエゾン」という診療がありました。
他の科で精神症状を呈している人の診療です。
手術後のがん患者さんの診察が多かったです。
彼らはストレスが大きく、うつ症状を呈することも珍しくなかったからです。
いろんなケースがありましたが、頭頚部のがん術後の方はとくに深刻でした。

のどのあたりを触っているので、術後、すぐには声が出ないからです。
自分のコトを訴えられないからです。

かようなまでに「コミュニケーションの不在」は人にすぐに深刻な影響となって現れます。

「人はパンのみで生きるにあらず。」とはよく言ったもので(本来の意味とはちと違いますが・・・)。

精神疾患でも他の病気でも、あるいは健全な方でも、表現の手段を持つ、というのはあるとなしとでは雲泥の差ではないか、とよく感じます。

精神科のリハビリでも絵を描いたり陶器を作ったりする光景はよく目にしました。
そのときの自分の思いやカタチにする作業です。

私も切り絵をしながら、よく「ぼーっ」としていました。

「色彩心理学」といわれる分野があります。
色彩が心理に及ぼす影響を扱う分野ですね。

でも、逆から言えば、「色」とは言語以前の表現の手段です。
こどものお絵かきをイメージしていただければわかりやすいかと。

切り絵をしながら色を使ってそのときの自分を表現していたんだと思います。

「表現」というと一般に他人に向かってするものと思いますが、判断力も感情も摩滅してしまったそのときの私は自分に向かって表現していました。



タグ :うつ表現


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この記事へのコメント
僕は視覚が無いと困ります。
外にも出られないし、聴覚は骨振動とかで補えると思ったのですが・・・。
図書館に行っても点字の本って地元図書館では全く見ないです。
多賀町にほんの少し隅にあった程度でした。
物を触ろうとするときも、先ず目の情報から判断して触ろうとするし、
1人で生きていけない感じがします。
Posted by 湖東 at 2008年04月29日 00:46
>聴覚は骨振動とかで補えると思ったのですが・・・。
確かに理論上はそうですが、理論が進んでもそれがすぐに実地に生かされるにはやはり時間が要ります。

>1人で生きていけない感じがします。
そうですね、ほかの人のサポートは不可欠に思います。
Posted by キミドリキミドリ at 2008年04月29日 10:19
私も視覚です。だってずっと永遠に真っ暗闇ですよ・・
うちの職場にろうあ者の方がおられますが、
みんなとても明るいです。手話でコミュニケーションできるし。
Posted by SADA at 2008年05月10日 12:02
そうですね。

上の文章は、ひとつのケースとして聴いていただければ、と思います。
Posted by キミドリ at 2008年05月10日 15:57