私が医師をやめた理由。 その1
2008年04月23日

27歳になった、2週間後仕事を辞めた。
直後から今に至るまで、周囲にさんざん、理由を聞かれたが、あまりはっきりとはいえなかった。
ただ、真っ暗な頭の隅で明滅していたのはこのままいったところで、自分にとっての「未来」がまったくないこと、このままいったらもっと「ひどい」ことになっていただろう、と言うことだ。
じゃあ、「未来」って何?と多くのヒトは聞いてくるがそれが答えられれば苦労はしないし、「病気」にもならない。
多くのヒトが「本当に分かってないな」、と感じるのはこんなときである。
精神疾患に限っていえば、表現したり、主張できれば、その時点で「病」のもつ病的な性格はかなり薄らいでいる。
表現し得ないからこそ、本人も苦しんでいるのだと、どうして理解できないのだろう??
そこで性急な答えを求める態度こそが、本人を追い詰めるのだと、どうして理解できないのだろう??
周囲に出来るのは追い詰めないことと、しっかり『保護』をする環境だとなぜわからないんだろう。フシギだ・・・。
正直に言えば、仕事そのものは好きだった。
今でもこの事実に代わりはない。
好きな分、「ここにいても自分が心身ともに磨耗していくだけだ」と認めるのはつらいことだったが、認められなかった無理がたたって自分を追い込んでしまったのだろう。
事実、辞める直前はだいぶ精神的にも消耗しきっていた。
間違いを起こさないこと、最低限のノルマをこなすことを集中するだけで精一杯だった。
たぶん、精神的に消耗していて感情が動かなくなっていたんだと思う。
泣いたり、動揺したりすることは不適切な感情で、それを示したところで誰も助けてくれないのだ、と思っていた。
「誰かに相談すれば助けてくれる。」すでにそれは幻想であり、助けを求める道すら閉ざしていたのだろう。
これはうつ病の症状で「失感情症(しつかんじょうしょう)」と呼ばれる症状に近しくなっている、と気づいたのはずっと後でのことだった。
真っ暗。
一生懸命目を見開いて探したところで、何も見つからないのだと確信するのにそう時間はかからなかった。
今でも、あの音もなく追い詰められていく感覚は恐ろしい。
誰も助けてくれないような、誰の声も届かない場所に沈んでいくしかないようなそんな感覚はいまでも私の底にわだかまり、こごっている。残念ながら。
Posted by キミドリ at 00:00│Comments(0)│TrackBack(0)
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